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農作物の品種改良は、野生種のままでは食べにくかった野菜を食べやすくするために必要不可欠な作業として、古来より連綿と行われ続けてきました。たとえば、キャベツの野生種を品種改良することで現在のキャベツやブロッコリー・カリフラワー、ケールなどの野菜が生み出されてきました。こういった品種改良の結果に生まれた農作物の権利を守るのが育成者権なのです。

育成者権を知る!

育成者権は1998年(平成10年)に改正された種苗法の下で保護される農作物を対象とした知的財産権です。品種改良で生み出された新しい品種の農作物や花は、種苗法に基づく登録を行うことで育成者に権利が与えられるのです。この育成者権は「植物の特許」とも呼べる知的財産権で、優先利用権・専用利用権などが育成者に与えられます。育成者権の権利者は、毎年定額の登録料を国に納める義務が発生します。

育成者権認可の条件

育成者権が認定されるには、農林水産省による審査を受けなければなりません。審査される条件は、既存品種との明確な区別がつけられる「区別性」、同一世代において形質が揃っている「均一性」、一代限りの形質ではなく数世代にわたって形質が続く「安定性」、品種登録出願前に誰にも種や苗を渡していない「未譲渡性」、そして既存品種やほかの固有名詞と間違えない名称であるかどうか、の五つになります。

育成者権の効力

育成者権は、審査を通過して品種登録された時点から発生します。育成者権の保護期間は品種登録された日から25年間に渡ります。育成者権を得た権利者は、専属的に育てられる専用利用権者を自由に選ぶことができます。もちろん、一般に普及させる普通利用権もあります。育成者権が侵害された場合は、侵害者に対して作物の廃棄を含めた侵害の差し止めを請求することができます。

育成者権の意義

育成者権が新設されたのは、植物の持つ可能性が発明に匹敵するものであることが大きな理由といえます。農作物の品種改良は収穫量の増大や病気や害虫への抵抗力の強化、食味の向上などをもたらします。花の品種改良は庭や街角を彩ります。ハーブや薬草の品種改良は新しい医薬品開発に貢献します。こういった植物からの恩恵を得るために「プラントハンター」と呼ばれる探検者が、ヨーロッパから世界各地に広がっていったことは有名です。育成者権は、そういった先人たちや現代に品種改良を行う農業者の功績を保護するための知的財産権なのです。

育成者権のための植物の品種改良を知る

現代では植物の遺伝子を組みかえることで新しい品種が作れる時代です。しかし、遺伝子組み換え作物はいまだ安全性も危険性も立証されていない作物なのです。ここでは、古くからの品種改良法と遺伝子組み換えの技術について解説していきます。

交配による品種改良とは

植物の品種改良は、メンデルが発見した「メンデルの法則」に基づく遺伝条件を利用して行われるものです。メンデルの法則は大まかに言えば「3:1の割合で優性遺伝と劣性遺伝が発現する」というものです。ここでいう「優性遺伝」「劣性遺伝」とは能力が優れている・劣っているというものではなく、「形質として現れやすい遺伝・現れにくい遺伝」のことを言います。しかし、この解釈を間違えて覚えている人も多数いるようです。

根気の要る品種改良

メンデルが遺伝の条件を発見したのは、エンドウマメの品種改良によってでした。メンデルが行っていたエンドウマメの品種改良は15年にも及びました。実は、全ての品種改良は10年単位の時間を費やして結果が見えてくるものなのです。交配による品種改良は、発現させたい形質を持ったものの選別し、受粉できる段階まで育成させて選別したものを人力で受粉交配させます。受粉した品種が実をつけたら種を取りだす、という作業を何世代にわたって続けていくのです。ほとんどの場合1世代目で望みどおりの形質が発現することはありません。何世代にわたる交配を繰り返し、発現させたい形質が優性遺伝となって安定するまで続けられるのです。この長年にわたる努力があるからこそ育成者権が存在するのです。

遺伝子組み換え等による品種改良

1980年代に「バイオテクノロジー」という言葉が流行しました。生物学の「バイオロジー」と技術の「テクノロジー」からの合成語で、生物の育成や品種改良を技術的に行うというものです。バイオテクノロジー、と聞くと古城の地下室で白衣を着たマッドサイエンティストが試験管とフラスコを片手にヒッヒッヒとか笑っているイメージを持つ人も多いでしょうが、バイオテクノロジーによる品種改良は現在盛んに行われている技術です。そして、遺伝子組み換えもバイオテクノロジーの範疇に含まれているのです。

バイオテクノロジーによる品種改良

バイオテクノロジーによる品種改良の最大の利点は、交配を利用するよりも短期間に成果が出るということです。植物の品種改良で利用されるバイオテクノロジーには、葯(おしべの膨らんだ部分)を培養することで安定性を高める「葯培養」、細胞を包む細胞壁を取り除いて違う品種同士の細胞を電気で融合させる「プロトプラスト培養」、生育段階で外的刺激を与えて遺伝子に突然変異を起こさせる方法などがあります。

遺伝子組み換えの技術

遺伝子組み換えの技術は、基本的に「発現させたい形質を持った植物の遺伝子から切り出した遺伝情報で、対象の品種の遺伝子を書き換える」ものです。土壌に生息する「アグロバクテリウム」という細菌の一種に切り出した遺伝情報を載せて書き換える「アグロバクテリウム法」、プロトプラスト培養を応用して細胞壁を取り去った細胞に電気ショックを与えて書き換えやすい状態にする「エレクトロ・ポレーション法」、金などの金属微粒子に遺伝情報を付着させ、高圧ガスで植物に直接打ち込む「パーティクルガン法」などがあります。

品種改良とは一種の投機である

どれほど技術が進歩しても、品種改良は投機のような性質で農業者を惑わせます。安定性を確保できたかと思えば不安定になったり、十分に生育しなかったり、予期しなかった形質が発現したり、副産物として有害物質を生成したりと、掛けた資本と時間を裏切る結果が出ることもしばしばです。育成者権とは、そういった困難や苦境に追い込まれても決してあきらめなかった人たちに与えられる勲章なのです。