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私たちの生活において、電子工学の産物はもはや欠かせない物となっています。コンピューターやテレビゲーム機、テレビやオーディオ機器、携帯電話や自動車などの身の回りのものには、全て電子工学の産物が関わっています。その「電子工学の産物」とは半導体集積回路、俗にICとかLSIなどと呼ばれているものです。この半導体集積回路についても、知的財産権が存在しているのです。

回路配置利用権とは何か

回路配置利用権は、半導体集積回路の配線パターンや回路素子の配置パターンを保護するための知的財産権です。回路配置利用権は「半導体集積回路の回路配置に関する法律」、通称「半導体回路配置保護法」によって保護されています。この法律は、今や電気が関わる製品には欠かせない半導体集積回路の権利を保護することで、健全な経済成長を促す目的の元に制定されています。

回路配置利用権の中身

回路配置利用権の登録のためには、登録申請の二年前までに対象の半導体集積回路を譲渡・公開・利用していないことが条件となります。これは特許における「新規性」の確認に当たります。首尾よく回路配置利用権が許可されるとどのような効力が得られるのかというと、特許のような排他的独占が可能になります。また、専用利用権・通常利用権の設定を行うことができます。しかし、同等の性能を持ちながら回路・配線の配置が違う半導体集積回路を権利侵害とみなすことはできません。また、登録の却下などの異議申し立ては登録機関の判断によるもののみが対象となります。回路配置利用権の保護期間は登録完了の日から10年間となっています。

半導体集積回路とは?

半導体回路配置保護法では、半導体集積回路は「半導体材料もしくは絶縁材料の表面または半導体材料の内部に、トランジスターその他の回路素子を生成させ、かつ不可分の状態にした製品であって、電子回路の機能を有するように設計したもの」と定義されています。これを具体的に説明すると「シリコンウエハーなどの材料の上や中に配線と回路素子を組み合わせて、回路素子を取り外せない状態になっているもの」で「電子回路の部品として機能するもの」が半導体集積回路なのです。

半導体集積回路の歴史

人類の文化に半導体集積回路が登場したのは1959年のことで、半導体集積回路は半世紀ほどの歴史しかない割合新しい技術なのです。このとき、半導体集積回路を発明したのはジャック・キルビーとロバート・ノイスの二人ですが、この二人はそれぞれが別々に半導体集積回路を発明したのでした。ノイスは後にインテルを設立し、キルビーは後に日本における知的財産権裁判の代表的な判例として知られる「キルビー事件」を起こすことになります。半導体集積回路の技術はアポロ計画などに利用され更なる発展を遂げていくことになります。

回路配置利用権の意義とは

では、なぜ回路配置利用権を設定してまでも半導体集積回路を保護しなければならないのでしょうか?

先端技術の保護

半導体集積回路は、ミクロ単位の技術力が必要とされる製品です。一般的な半導体集積回路は500円玉やライターよりも小さいサイズのものです。そんな大きさに数千、数万のトランジスターやダイオードといった回路素子が極限まで小型化されて詰め込まれているのです。それに、回路の構造というものは千差万別で部品や配線が違えば性能も大きく違ってくるものです。先端技術の結晶である半導体集積回路を保護することは技術を保護することなのです。

ダンピング競争からの経済の保護

製品の製造コストの大半を占めるのは製造に関わる人たちの人件費であると言われています。世界中で、日本やアメリカなどの先進国よりも人件費の安い国はいくらでもあります。そして、その中には半導体集積回路の開発技術を持った国もあるのです。そういった国がもしも、故意に半導体集積回路の設計図面を不法入手して半導体集積回路をコピー生産し始めたら市場はどうなるでしょうか? 半導体集積回路の市場価格が急降下し、下落傾向に歯止め止まらず、家電ITに影響か……といった新聞の見出しになりそうな状況になってしまうでしょう。そういった不当な手段によって起こりうる価格競争を防止するのも回路配置利用権の役目なのです。

「キルビー事件」とは何か

半導体集積回路の父の一人であるジャック・キルビーが起こした「キルビー事件」とはどのようなものだったのでしょうか?

深く静かに潜行する知的財産権

キルビーが半導体集積回路を開発したのは前述の通り1959年のことです。その後キルビーは所属していたテキサス・インツルメント社(TI社)で半導体集積回路の開発に携わっていました。このとき開発された半導体集積回路の特許は日本でも出願されており1960年に出願され特許第320249号として1980年に保護期間を満了しています。この特許320249号の内容を分割した、特許第320275号が1986年に公告され1989年に登録されたのがこの事件の始まりでした。既にこの時期、半導体集積回路の需要は大きく膨れ上がっていました。ファミコンなどのテレビゲーム機、パソコンやワープロ、家電製品と半導体集積回路が必要なものがどんどん身の回りにあふれてきていた時代まで、この特許は潜っていたのでした。このように、特許製品が普及するまで表に出てこないで普及後に特許料を求める性質の特許を「サブマリン特許」といいます。

TI社VS富士通

そして1991年7月、TI社は富士通に対して275号特許の使用料の支払いを求めてきました。これに対し富士通は「ウチの製品にはおたくの特許は関係ないよ。関係あるっていうのなら出るとこ出ようじゃないか!」と債務不在確認のための訴訟を起こしたのです。これがキルビー事件の発端なのです。裁判は最高裁にまでもつれ込み、9年を掛けて争われました。結論から言えば、この裁判は富士通の完勝という結果に終わりました。

キルビー事件の争点

キルビー事件において、もっとも重要視されたのは「富士通の製品はTI社の特許に抵触しているのかどうか」ということと、「そもそも分割した特許に有効性はあるのか」ということでした。前者は裁判のそもそものきっかけとなった争点でしたが、後者は裁判の中で生まれた疑問でした。富士通がTI社の特許に抵触しているかどうかという部分は、地裁の時点で「抵触していない」と判断されました。続く高裁において、「そもそも『特許の分割』って有効なのか?」という疑問が発生します。高裁は「特許を分割し、分割された特許の権利を主張するのは職権ならぬ権利濫用」とみなし、問題の275号特許をその時点で権利が失効している249号特許と同じものなので権利はないという判決を下しました。この高裁の判断を受けて、特許庁は275号特許を無効とし、2000年の最高裁判決では高裁の判断が支持され、ここに富士通の勝訴が完全確定したのでした。

キルビー事件が残したもの

キルビー事件は、日本の知的財産権に大きな課題を残しました。そもそも無効である「特許を分割した特許」が登録されていたという事実と、それを裁判になるまで無効と判断できなかったシステムの盲点が明らかになったのです。この判決の二年後の2002年に「知的財産基本法」が制定され、知的財産権に関わる法律が改正されていったのです。もちろん、回路配置利用権を保証する半導体回路配置保護法も例外ではありません。キルビー事件は、現代の知的財産権の扱いに一石を投じるものとなったのでした。